京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『こんにちは、私のお母さん』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月18放送分
『こんにちは、私のお母さん』短評のDJ'sカット版です。

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生まれてから大人になるまで、何をやってもしくじりばかり、たいていのことでしっかり母親の手を焼いてきた娘ジア。ある日、母親と一緒に交通事故に遭い、20年前の1981年にタイムスリップしてしまいます。そこで出会ったのは、まだ若く、自分を生む前の母親。母に迷惑ばかりかけてきたジアは、彼女をとにかく喜ばせたい。そして、ここで母親の人生を変えてしまおうと、目指せ玉の輿、恋のキューピッドになるべく奮闘するのですが…
 
中国の人気コメディエンヌであるジア・リンが、48歳で亡くなった自分の母親への思いをこめて書いて演じたコントを膨らませて映画用の脚本にして、自ら監督、そして自ら主演しました。他にも、中国屈指のコメディアンにして大スター、シェン・トンも、タイムスリップした81年、工場長の息子を演じています。
 
僕は先週木曜の午後、大阪ステーションシティシネマで鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

「世の中には間に合わない事があって、その最たるものが、親孝行である」とジア・リン監督は言っています。早くに母親を亡くした彼女なら、余計にそう思うでしょうし、実際に、それは後から取り返しがつかないことで、「孝行のしたい時分に親はなし」という川柳もあります。他にも、石に布団は着せられず、なんてのもありますね。半自伝的な話だし、自分で演じているジア監督は、生まれた時からでっかくて、その後もよく食べるのはいいのだけれど、元気が良すぎてやらかして、勉強はうだつが上がらないまんま大学生に。話は2001年、合格通知が届いたその祝賀会から始まるんですが、よせばいいのに、その通知書は友だちに頼んで作ってもらった偽造もの。パーティーも台無しです。ジアにしてみれば、母親に喜んでほしい一心だったんですが、完全に方向を間違えたところで、交通事故、からのタイムスリップです。

バック・トゥ・ザ・フューチャー (字幕版)

時間旅行をして、若い両親に出会うってことで、当然『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を思い出すわけですが、ジアの場合は、単純に空から落下して、地面に落ちる。なんなら、母親はその空から降ってきたジアの下敷きになるっていう、しっかりここもコメディー仕様になっています。だって、やがて現代に戻ろうとする時も、「え? それ?」っていう行動にジアが出るので、笑えるんですが、そこは描写しないでおきましょう。

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(C)2021 BEIJING JINGXI CULTURE & TOURISM CO., LTD. All rights reserved.
ユニークで僕が興味深く鑑賞したポイントはふたつあって、ひとつめは、1981年の中国の様子です。もちろん、ばりばり共産主義だし、当時は改革開放政策の中で市場経済を立て直していた時代。ジアが関わりを持つ若者たちもみんな工場労働に精を出していました。管理された社会だし、情報は統制されているし、工場を中心とした街は決して裕福ではないけれど、それなりに牧歌的で楽しそうです。80年代初頭と聞いて思い浮かべる様子とはずいぶん違います。まだテレビは各家庭にないし、娯楽にも乏しい。僕ら日本の観客には伝わりづらい小ネタもたくさんあるんだなってことはわかる、中国の人には懐かしいムードですよ。だから、印象としては『ALWAYS 三丁目の夕日』的な感じで、ノスタルジーむんむんの僕にしてみれば苦手なやつかと思いきや、そもそも知らない世界だから、面白いんです。何より、ジアが観客を案内してくれるような格好ですからね。そして、何より、この映画の目的は、若かりし母親を、やがて母になる人としてではなく、その青春を描くことでもあるんです。原題は、「こんにちは、リ・ホワンイン」と、お母さんの名前が入っていますから。そんな母の青春をより楽しくしたい。現代で叶わなかった親孝行を、過去に戻った今やりとげたい。たとえ、自分がそれによって生まれなかったとしても。ってことであれやこれやとハッスルする様子は、ギャグも散りばめられていて笑えるんだけれど、正直、笑いの取り方に古臭いところはあるし、外見で笑いを取るのもなんだかなぁと思うこともありました。それも81年当時のスタンダードの再現なのかもしれないけれど。

ライフ・イズ・ビューティフル (字幕版) カメラを止めるな!

 と、ここで興味深く鑑賞したポイント、ふたつめは、そうした古臭さやタイムトリップだからってご都合主義が多すぎるんじゃないかと思えた展開を、すべてカッコに入れてくくった上で相対化してしまう脚本の構成です。ラスト20分の流れには、思わず僕も落涙。笑いと涙の混じり合う様子は、僕はベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』を連想しましたが、とにかく怒涛の畳み掛けで、それまでの2時間弱を相対化するというか、『カメラを止めるな』的に、見え方がまるっきり変わる体験をすることになります。これにはやられました。「親の心子知らず」と言いますが、僕たちはそれぞれに主観で世界を認識しているわけで、いくら肉親であっても、その心のうちはわからない。わからないからこそ、通じ合った時の喜びはひとしおなわけで、その種の体験・仕掛け・伏線回収にへなへなになります。あのオープンカーも、まさかここでこんな形で意味が生まれるとは… ジア・リン監督、お見事でした。

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誰しもが親のことを思い出し、考え、同時に子や孫がいるなら、そのことも考えるような、とても普遍的なヒューマン・コメディ。中国の当時の風俗を垣間見る興味深さもあわせて、とても有意義な映画体験となりました。
映画の中では、中国の歌もいくつか流れて、これまた楽しかったんですが、ここでは作品の余韻を疑似体験いただけるかなと、日本語で、AIがこれも自伝的にお母さんに向けて歌ったこの曲をオンエアしました。

さ〜て、次回、2022年1月25日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『スティルウォーター』となりました。大作目白押しの中、渋い1本が当たったという印象もあるかもしれませんが、なんといっても『スポットライト 世紀のスクープ』のトム・マッカーシー監督がマット・デイモンとタッグを組んでいるわけですから、これも立派な大作ですよ。今回はマット・デイモン、どんな目に遭うのか。サスペンス・スリラーです。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!