京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

映画『人魚の眠る家』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年11月22日放送分
映画『人魚の眠る家』短評のDJ's カット版です。

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自宅でフラワーアレンジメントの仕事をしながら娘と息子を育てる薫子。IT機器メーカーを経営する和昌。ふたりの関係は冷え切っていて、娘の小学校受験が終われば離婚することになっていました。ある日、娘の瑞穂が遊んでいたプールで溺れ、意識が戻らなくなります。医師から提案された脳死判定を受け入れられず、夫婦は先の見えない延命治療をスタートさせます。和昌は自社の先端技術で娘の身体を動かせるのではないかと気づき、若手研究員の星野に実験を指示。本人の意志とは無関係に身体を動かされる瑞穂は、意識がないことを除けば、健やかに成長していくのですが、それによって家族や職場の人間関係には次第に亀裂が入っていきます。

人魚の眠る家 (幻冬舎文庫)

毎年何本も小説が映像化される作家東野圭吾が、自身のデビュー30周年を記念して3年前に出版した同名小説を、テレビドラマ出身の篠崎絵里子が脚色し、堤幸彦がメガホンを取って映画化しました。主人公の薫子を篠原涼子、夫の和昌を西島秀俊が演じる他、若手研究員として坂口健太郎、そのガールフレンドとして川栄李奈、さらには山口紗弥加田中泯松坂慶子田中哲司などが脇を固めています。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

発売から1ヶ月で27万部を売ったベストセラー小説を、映画会社、出版社、テレビ局、広告代理店、webメディアなどがお金を出し合って映画にするという、典型的な日本型製作委員会方式。あまりにもできすぎた構図で、ひねくれ者の僕はちょっと身構えてしまう上、監督は近年の作品をこのコーナーで高くは評価してこなかった堤幸彦ということで、劇場へ向かう僕の足取りはそこそこ重めでしたが…
 
開映したらもう最後まで食い入るように観て、脳死を巡って命をどう扱うかという倫理、その法律面での日本の特殊性、さらには臓器移植について、しっかり考えさせられてしまいました。サスペンス、ホラーの香りをまとわせてエンターテイメントとして成立させながらも、全体としてはヒューマンドラマとして人の心理をある程度深いところまで多面的に描写し、そこに社会的なメッセージを含ませるという、そのまとまりは評価に値します。

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いわゆる植物状態にある娘。脳以外は正常に機能しているので、意識はないけれど、身体は温かい。ただ、人工呼吸器を外せば、そのまま死にいたってしまう。いつか目を覚ますことを信じて延命治療を続けるのか、それとも脳死判定をして、場合によっては臓器移植のドナーになることを選ぶのか。脳の機能停止をもって死とするのか、あくまで心臓が止まることをもって死とするのか。突如降ってわいたこの問題に翻弄される家族。たとえ予め話し合っていたとしても、いざとなったら決断が揺らぎそうな究極の選択ですから、話し合っていなかったとしたら、周囲の精神的な混乱はなおさらです。ただ眠っているだけに見える娘に寄り添うことを決めた薫子。電気信号を使って筋肉を動かす自社のテクノロジーを応用して、娘の健康状態を保とうとする和昌と、その技術を瑞穂に活用しながら疑似家族化していく研究員。事故現場にいながら救えなかった祖母。弟、いとこ、おば。それぞれの心理と関係性、そして研究員のガールフレンドの視線に代表される周囲というか世間の目。
 
こうしたものが、時間とともに緩やかに変化していく様子を堤監督は表現しようとしています。具体的には、それぞれのシーンの天候、照明、音楽、そしてここが堤演出っぽいんだけど、画質にまで画質にまで変化をつけてあるんですね。ちょっとやりすぎだろうと感じてしまうところもあるものの、そうした視点の変化と心理描写を文字通り色分けするだけでなく、そこにジャンルの違いまで盛り込んでくるところがうまいあたりでした。簡単に言えば、献身的な愛情が、部外者から見ればホラーに見えることもあるということですね。リスナーのかばじゅんこさんがツイートで指摘する通り、我が子の体を動かしてやる健康状態を保つ行為が、人をマリオネットのようにしてしまう人魚というより人形にしてしまう、科学と倫理が背中合わせになっている部分です。
 
篠原涼子の演技はお見事でした。『SUNNY 強い気持ち・強い愛』の好演もあいまって、今後主役級の映画での配役が増えるんじゃないでしょうか。子供演出も良かったです。人間関係の緊張が一気に高まるクライマックスも、倫理的なピークとぴたり重なるし、問題提起としてとてもいい効果をもたらしていたと思います。それだけに、エンディングの物語としてのきれいな着地はかなり拙速です。どういう決断をどんな心の整理の末に下したのかってことを、僕はもっと突き詰めるべきだったと考えています。でないと、これじゃきれいごとに逃げたという批判は免れないです。
 
あなたも持っているだろう免許証やマイナンバーカードには、臓器提供意思表示の欄があるのをご存知でしょうか。あなた自身やあなたの身の回りの人が不慮の事態に陥った場合にどうするのか。しんどいけれど考えておかねばならない問題です。僕は僕の考えのもと、意思を表示していますが、スルーしてしまっている人は、まずはこの映画を観て考えてみてください。いただけない部分もあると指摘しましたが、考える入口となるエンターテイメントとして、どう判断するにせよ、観ておくべき一本です。

関連作として、イタリア映画界の巨匠マルコ・ベロッキオの『眠れる美女』を挙げておきます。こちらはさらに多面的に、宗教、政治、そして個人の想いを丁寧に描いていて、日本でもDVDやネットレンタルが気軽にできる作品として、鑑賞を強く勧めます。

眠れる美女(字幕版)


さ〜て、次回、11月29日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』です。またシリーズ物がカムバック。前作も評しましたが、今回はどんなあんばいなのか。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!