京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ジュディ 虹の彼方に』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月17日放送分
映画『ジュディ 虹の彼方に』短評のDJ'sカット版です。

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(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation
1939年の『オズの魔法使』など、ミュージカル映画の大スタートしてハリウッドに君臨したジュディ・ガーランド。遅刻や無断欠勤がたたり、映画業界から干された格好になっていた彼女は、住む家もなく、借金を抱え、ふたりの子どもを連れて、巡業ステージで糊口をしのぐ状態でした。そんな折、イギリスのナイトクラブからショーの依頼が舞い込みます。人気が衰えていないロンドンでは条件も良く、子どもたちと離れるのは辛いものの、生活が一気に立て直せるかもしれない。ジュディは大西洋を渡るのですが…


ジュディに扮したのは、この演技でアカデミー主演女優賞を獲得したレネー・ゼルウィガーです。ジュディの半生を描いたこの作品には舞台の原作があります。『End Of The Rainbow』というタイトルで、日本でも5年ほど前に翻訳上演されています。監督はルパート・グールド。舞台の演出でならした人で、今48歳。長編映画としては、これが2本目。

 
僕は先週木曜日の夕方の回で観てきました。正直、ちとお客さんの入りは寂しいものがありました。新型コロナウィルスの騒ぎの影響もあるでしょうが、ジュディ・ガーランドが日本では欧米ほどの知名度を維持していないという問題もあるのかもしれません。それだけに、この作品で彼女の歌の魅力の再評価が進むことを期待したいところです。では、今週の映画短評いってみよう!

レネー・ゼルウィガーがオスカーを獲ってますから、いまさら僕が褒めたってしょうがないんだけど、まぁ彼女がすごいです。僕は育った世代的にも、文化圏からいっても、ジュディ・ガーランドの威光をダイレクトに感じたことはあまりなかったので、似てる似てないはわかんないですよ。それよりも何よりも、レネーが体現するジュディの最晩年のありよう、生き様に胸を打たれました。孤独を抱え絶望の淵にいるからこそ、その反動として、必要以上に飛びついて期待してしまう希望や恋愛に首ったけになり、また失望を覚え、薬に頼らないと眠れず、アルコールに溺れ、子どもたちを溺愛するのだけれどうまく立ち回れず、それでもステージに立てば圧倒的な存在感を放ち、観客との間に生まれる喜びを信じる。それはそれは大変な毎日です。

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(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation
映画は基本的にロンドン公演の直前からの短い月日しか描写しないんですが、映画の特性をよく理解しているグールド監督の抑制のきいた回想シーンがうまく機能していて、彼女の今をより深く理解するための材料を提示してくれます。どうやら彼女はもともと家庭環境も荒んでいたようだ。10代で映画業界に入ってからは、メトロ・ゴールドウィン・メイヤーで独裁的な権力を発揮したルイス・B・メイヤーからのパワー・ハラスメントと、体型維持のための興奮剤と睡眠薬の日常的な投与を受けて、これまた心身ともに荒んでいったことがわかる。この回想が忘れた頃に不意に、手短に、的確に入っているのがポイントだと思います。あれがなかったら、ただの情緒不安定なスターにしか見えかねないところだったと思います。脚本と編集のうまさですね。しかも、ティーンのジュディがまだ健康的な体つきだったのが、今やとにかく痩せぎすなんです。そのギャップが雄弁に彼女の辛苦の人生を語ってくれるというメリットもありますし。
 
少なくとも僕が映画ではこれまであまりお目にかからなかった60年代のロンドンのナイトクラブの雰囲気も伝わってきて良かったです。もともとが舞台ってのもありますけど、おそらくはそう潤沢ではなかっただろう予算のかけ方も的を射たものだったと思います。

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(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation
これは映画ライターのよしひろまさみちさんがパンフに寄せた文章で知ったことですが、ジュディがゲイ・カルチャーの文脈でカリスマ的な人気を誇っていたようです。たとえば、マドンナ、カイリー・ミノーグレディ・ガガがそうであるように。確かに、劇場で出待ちをしていたゲイカップルとジュディが交流を持つ、この映画で唯一と言っていいほど心穏やかに過ごした一夜があります。様々な抑圧や不条理に見舞われながらもスポットを浴びて人々に感動を与え続けた彼女に、LGBTQの当事者がどれほど勇気づけられたか。さっきもお送りした代表曲『Over The Rainbow』もその文脈でより感動を覚えるし、虹の七色がLGBTQのシンボルカラーになっていることも、なるほどなと頷けます。
 
その意味で、狭い電話ボックスからジュディが国際電話で子どもたちと話すあの切ないシーンから、最後の舞台に彼女が立つところまでの流れは、空間の見せ方のうまさも手伝って、震えます。ジュディは懸命に生きて、間違いも失敗もあったけれど、人々を楽しませ、勇気づけた。歌とダンスは彼女を追い込みもしたけれど、彼女もやはり歌に救われていたのだと涙ながらに察しました。当たり前ですが、名曲揃い。劇場のいいサウンドレネー・ゼルウィガーの体現するジュディを体感してください。
せっかくですから、レネー・ゼルウィガーの声もお楽しみいただかないと。劇中ではゲイカップルとのエピソードでシンプルに歌われるこの曲が、サントラではSam Smithとの極上のデュエットで味わえます。まさに幸せ至福です。
 
そうそう、眼福でもあったのが、ジュディのマネージャーを演じたジェシー・バックリー。ジュディのわがままもうまく受け流していきつつ、彼女を本当にリスペクトして理解していたということがよくわかる演技でしたね。


さ〜て、次回、2020年3月24日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『スキャンダル』となりました。もう今週でラストぐらいかなと思っていた作品が、ここにきて颯爽と登場ですよ。シャーリーズ・セロンニコール・キッドマン、そしてマーゴット・ロビー。数年前にアメリカのテレビ局で実際に起きたスキャンダルを基にしたということで、一応放送業界にいる僕としても気合を入れて観に行きます。マーゴット・ロビーを目に焼き付けてきます(笑) あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!