そして2006年からはダニエル・クレイグがボンドに扮するわけですが、当時彼は30代後半。今は53歳。実は15年もボンドでいたってのはこれまで最長なんです。これまでのイメージとは違うし、知名度も当時はまだ低かったわけですが、今思えば僕は大成功だったと思います。『カジノ・ロワイヤル』という原作者イアン・フレミングのシリーズ1作目をベースにして仕切り直しながら、ボンドという、もはや古色蒼然(こしょくそうぜん)たるキャラクターを現代に位置づけなおそうとしたわけです。その中では、敵味方ともに、組織も戦い方も世界のあり方も、文字通りリブートで再出発。昔は大味な脚本も多かったし、とんでもガジェットが飛び出すコミカルな要素もあって迷走した時期もあったけれど、今や練りに練った複雑なシナリオと世界最高峰のアクションが求められる中で、ダニエル・クレイグは、悩むことも多い、人間味のあるボンド像を形成します。スパイ本来の孤独を抱えて、若いうちにはドタバタしながらも存在感を発揮して定着させ、『スカイフォール』ではシリーズ全体を見渡しても傑作という高みに登り、『スペクター』でそのキャリアから下りたボンドの、これは余生です。事実、スクリーンの中でそれだけダニエル・クレイグも歳を重ねてきました。もうそっとしておいてくれ。俺みたいなロートルはもう死んだものと扱ってくれ。そこでの、No Time To Dieですよ。まだ死んでいる場合ではない。死ぬのはまだ早い。
それでも、僕としては、賛否渦巻く終わり方も含め、大衆娯楽映画史に輝くシリーズの落とし前をつけようとする今作、そしてダニエル・クレイグのボンドに大きな拍手を送ります。何年か後にまた新しい俳優で始まるとしても、「古き良き時代」のボンドはwill not returnです。悩みもがきながら、よくぞやってくれたと、クレイグの背中を拍手で見送る僕がいます。