京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『オールド』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月28日放送分
『オールド』短評のDJ'sカット版です。

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舞台は南国の高級リゾートアイランド。そこで何日かゆっくりしようとあちこちからやってきた観光客。多彩なアクティビティがある中で、主人公一家、夫婦と子どもたち、姉と弟は、支配人から秘密のビーチで忘れがたい時間を過ごすのはどうかと提案されます。そりゃ楽しそうだと、ホテルのマイクロバスに乗り込み、もうひと家族とたどりついた場所では、不可解なことが次々と起こります。携帯はつながらない。海岸に女性の死体が流れ着く。人が次々失神する。そして、何より、子どもたちがみるみる成長していく… ビーチに集った彼らは、果たして無事に元の生活に戻れるのか。

ヴィジット (字幕版) シックス・センス (字幕版)

 製作、監督、脚本は、M・ナイト・シャマラン。上映前には、ご本人が寄せたビデオ・メッセージが流れるくらい、監督の名前で人を集められる奇才ですね。好き嫌い、出来不出来は別として、映画ファンなら一目置く存在なのは間違いありません。彼がインド系で、舞台がリゾートアイランドということもあって、キャストはダイバーシティの極み。主人公一家のお父さんをガエル・ガルシア・ベルナル、妻をヴィッキー・クリープスが演じるほか、黒人、アジア系など、出身地も考えれば、世界各地から集まったキャストが活躍しました。

 
僕は先週金曜日の朝に、Tジョイ京都で鑑賞してきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

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(C)2021 Universal Studios. All Rights Reserved.


いやぁ、なんかもう、シャマランがイキイキしているような演出が楽しくてしょうがなかったですね。ビーチというオープンスペースではあるものの、脱出不能という意味では密室劇で、自然の脅威というかなんというか、時間が目まぐるしいスピードで進んでいく中で人間はそれをどう受け入れるか打破するかという不条理スリラー。なにそれっていうような展開も用意しながら、このワンシチュエーションに生きるってなんだという哲学を凝縮させた寓話と言えます。

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(C)2021 Universal Studios. All Rights Reserved.
テーマは、ずばり時間ですよ。考えてみれば、だいたい2時間ぐらいの尺で誰かの人生を描くってのはよくあるもので、うまく編集すればもっと長いスパンのドラマを繰り広げることも可能なのが映画というメディアです。つまり、時間を伸び縮みさせることができるわけですね。本作でシャマランがやってのけたのは、たった1日2日で人がその生涯を終えてしまうような悲劇。特に子どもというのは、成長期がありますから、とりわけその成長が早く感じられる。成長して恋をして子どもを授かって、病気になったり、老いと向き合ったりして、やがては死んでいく。21世紀の先進国で言えば、人生の平均は75年とか80年という時の流れをかげろうみたいに短くしたら、そのジェットコースターばりのスピードに、誰だってふるい落とされそうになるし、パニックを起こします。さらに、そこには多種多様なバックグラウンドを持った老若男女がうまく配置してあるので、僕たち観客が経験してきたこと、あるいは経験するだろうことを投影できるし、自分ならこの状況でどうするだろうかと思い巡らしてしまう。ある程度のつっこみどころは飲み込みつつ、そもそもどうしてこんなことになってしまったのか、会話の端々、そして画面の端々に張り巡らされた周到な手がかりを思い出しながら考え、ビーチへと登場人物を誘うマイクロバスの運転手に扮したシャマランの視点におののきながら刮目するのが吉という作品です。

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(C)2021 Universal Studios. All Rights Reserved.
考えたら、冒頭にシャマランがビデオ・メッセージを寄せて映画館へWelcome Backみたいなことを言うんだけど、まさに映画の醍醐味を楽しませてくれる作品でして、たとえばオープニングクレジットのタイトルの出し方だって、アルファベットの端がじわじわ伸びていく演出で時間を意識させていたし、僕が今回うまいなと思ったのは、ワンカット内での時間の経過です。普通なら、編集で、つまりはカットを割って時間を飛ばすわけですけど、この作品のいやらしいところは、カメラがスーッと横移動して、また元の場所に戻ったら、映画内物語内の時間は同じなんだけど、キャラクターが変化していたりする、つまり老けていたりするっていうような見せ方をするわけですよ。もういたたまれないです。その中で、キャラクターたちの職業や年齢、性格といった要素をうまく煮詰めて、その人ならではの動きをよりダイレクトに表現します。僕が日本に持ってきたイタリア映画で『天の高みへ』っていう70年代の集団密室劇があって、それはエレベーターに閉じ込められる宗教人たちがどうなるかって話なんですが、それも本作も同様に、人間の悪しき側面、偏見とか嫉妬もあれば、ヒューマニズムや哀愁をじわじわ見せてホロリともさせる。そして、最後にはきっちりオチをつける。さらにシャマランは時間そのものを映画的に考えさせるという芸当までやってのける。コロナ禍にこんなものを撮影していたのかと、のけぞるとともに、おもしれ〜とガッツポーズをしたくもなる。ネタバレ厳禁なだけに、観た人と一緒に語り合いたくなる『オールド』を、あなたもぜひ。
 
ただ、釘を差しておきますが、統合失調症を患うと危険みたいな描写には、シャマラン監督自身の偏見を感じました。そんな医学的根拠はないはずです。ここは声を大にして補足しておきます。
これはサントラからでも主題歌でもありませんが、この曲を当てたくなりました。

さ〜て、次回、2021年10月5日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『シンデレラ』となりました。アマゾンプライムビデオのオリジナル映画として、カミラ・カベロが主演した実写ミュージカル。古典的な物語が、今どう映像化されるのか、その歌とともに注目です。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!