京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ハニー・ボーイ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 8月25日放送分
映画『ハニー・ボーイ』短評のDJ'sカット版です。

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子役として映画業界で働く12歳のオーティス。両親は別居していて、ステージパパであるジェームズと一緒に狭いモーテルで暮らしていました。ただ、前科者で無職のジェームズは、感情のコントロールがうまくできず、オーティスは振り回されることもしばしば。たまに電話をする母親、親身になってくれる保護観察員、安らぎをくれる隣人の少女、そして共演する俳優たちと交流するうちに、成長していくオーティスでしたが、10年後、ハリウッドのトップスターとなった彼は、アルコール中毒で騒動を起こし、更生施設に入ってしまいます。

トランスフォーマー(吹替版) ワンダー 君は太陽(字幕版)

監督と製作を兼任したのは、イスラエルアメリカ人女性のアルマ・ハレル。若手映画監督として、注目を集めている人物です。彼女に脚本を託したのが、父ジェームズ役のシャイア・ラブーフ。『トランスフォーマー』で主役に抜擢された、あの彼、シャイアの自伝的物語だと言われています。子ども時代のオーティスを、天才子役と言われるノア・ジュプ(『ワンダー 君は太陽』)が演じ、青年オーティスには、先日短評した『WAVES/ウェイブス』でも好演していたルーカス・ヘッジズが扮しました。他に、オーティスを癒やす隣人女性として、シンガーソングライターのFKA Twigsが出演していることも見逃せません。
 
僕は先週木曜日の夜、烏丸御池にあるアップリンク京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

映画を観始めて、タイトルが出るまで、僕、劇場で入るスクリーンを間違えたんじゃないかと思いましたね。ノア・ジュプが画面に登場するかと思いきや、ルーカス・ヘッジズがほとんどカメラ目線で登場して、いきなり奥に爆発でふっ飛ばされるんですもん。後ろには、前半分が吹き飛んでいる旅客機。映画の撮影現場だってことは、カチンコが見せられるんでわかるんだけど、驚きの始まりです。ていうか、ノア・ジュプはどこいったって聞きたくなるくらいに、しばらくヘッジズなんですよ。短い編集で、彼がハリウッドで忙しくしてる俳優だってこと、プレッシャーと忙しさに押しつぶされてアルコール依存症になっていることが示されて、逮捕。更生施設へ。PTSD、過去のトラウマがストレスになっているのではないかと疑われた彼は、自分の父親との関係を精神科医に語り始めるわけです。すると、ノア・ジュプ登場。冒頭と同じ構図で、カメラ目線で、今度は飛んできたパイが顔面に直撃するという。同じくカチンコが見せられて、やはり撮影現場だと。ここで、2005年から一気に10年前の1995年へ。オーティスは、22歳から12歳へ。そして、この作品の枠組が分かってきます。

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僕はもっとシンプルな話だと思っていたんですよ。困ったお父さんと息子の、なかなか大変だけど、それなりに心温まる交流みたいな。どっこい、もっと複雑でした。主役は、12歳のオーティス、ノア・ジュプとも言えるし、その当時を振り返る22歳のオーティス、ルーカス・ヘッジズとも言えるけれど、どちらかと言えば、その困ったお父さんを演じた、シャイア・ラブーフなんですよ。だって、シャイアは実際にアルコール中毒になって、更生施設で父親との関係を語って文字にしてアウトプットしてトラウマを乗り越えてきた張本人ですからね。つまり、シャイアこそオーティスなんですよ、本当はね。彼は今リアルに30代半ばです。10代、20代、30代のあり様を僕らは観ることになるわけです。現実と映画が交差するとかいったレベルではなく、もう渾然一体となっている感じですよ。このメタ具合がまずもってすごすぎます。

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ヘッジズ演じる20代のオーティスが、過去を思い出したり、その過去が夢の中に出てきたり。って、話していてもややこしいんですが、観ていると不思議とスッと理解できます。それというのも、まず舞台がほとんど固定されているんですね。更生施設と、親子が住んでいたモーテル、この現在と過去の行き来がベースです。ここをわかりやすく単純化していることで、いろいろ変化をつけられるし、大胆な演出にも踏み込めるってことだと思います。ハレル監督は、これまた女性の撮影監督と一緒に、色使いで心理描写を補強しています。暖色と寒色の使い分け、自然光と照明の使い分けがショットごとにうまくなされていました。

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話してきたように、変わった成り立ちの映画なので、トラウマを乗り越える話とか、親子の軋轢と許しの話とか、あまり単純化して捉えないほうが、僕はこの作品を愛せると思います。FKA Twigs演じる近所の女の子との交流なんかは、初恋って一言にまとめられるわけはなく、家族以外の心の居場所を持つことが精神的にいかに健全かってことを示すエピソードだとも言えるでしょう。一応の結末はありますが、スカッとした話ではないです。ポイントは、20代のオーティスが、父親と一緒に画面に映るところでしょうね。夢かうつつかという美しい場面でした。映画そのものが、過去の記憶を物語にまとめるところからスタートしていて、何でも良いんだけど、表現をするということがいかにその人を救うのか、その人たらしめるのかを示してくれる作品だったと思います。95分と短い映画だけれど、必ずやまた思い出すし、観たくなる1本でした。
この曲が鳴ると、訳詞も字幕に表示されます。「君と競争したり、君を打ち負かしたり、騙したり、ひどく扱ったり、分類したり、単純化したり、否定したいんじゃない。僕は君と友達になりたいだけなんだ」。そんなような内容の歌を最後に聴くにつけ、このIとYOUは、父と子なのだろうか、どっちがどっちなんだろうって、映画館からの帰り道に歩きながら考えることになりました。アルマ・ハレル監督、ほんと今後が楽しみです。


さ〜て、次回、2020年9月1日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『糸』です。おりしも、中島みゆきさんは明日からフェスティバルホールでのコンサート劇場版の上映イベントがありますね。8月31日(月)まで。合わせて観るのも良さそう。あの名曲がどう膨らむのか。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!