京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ドーナツキング』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月30放送分
『ドーナツキング』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20211129161509j:plain

世界最大のドーナツ大好き国家アメリカで、ドーナツ王と呼ばれている人物が、実はカンボジアからの難民だったのです。その人、テッド・ノイはなぜアメリカへ渡り、ドーナツ店を経営することになったのか。いかにして成功し、今どうしているのか。彼の数奇な人生と、西海岸の最新ドーナツ事情がわかるドキュメンタリー作品です。
 
監督・撮影・脚本は、地元LA出身で、ヘルツォーク監督作品のカメラマンを経験するなど、ドキュメンタリー畑を歩んできたアリス・グー。これが、長編デビュー作です。製作総指揮として彼女をバックアップしたのは、かの名匠リドリー・スコット
 
僕は今回はマスコミ試写で鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

日本でドーナツと言えば、まずミスタードーナツなわけですが、関西ならはらドーナツといったチェーンもあるし、他にも地元で人気を集めているような個人経営店が増えてきている印象です。では、太平洋の向こう、世界に冠たるドーナツ大国はどうなのか。アメリカで暮らしたことがない僕にはまったくわからないことで、知っているのは劇映画に出てくるお店の漠然としたイメージだけでした。そして、アメリカに住んだことがあるという方でも、そのエリアによって、どうやら事情は様々らしいということもわかってきます。かつて日本にも進出したことのあるダンキンドーナツ東海岸で強く、この映画の舞台となる西海岸の場合には、ウィンチェルドーナツのお店が多かったのですが… 年間の国内消費量100億個、実に2万5000店ものドーナツ屋がひしめくアメリカですから、トレンドや資本の流れによって、チェーンにも個人店にも、栄枯盛衰それぞれのドラマがあるわけです。

f:id:djmasao:20211129161529j:plain

(C)2020 – TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.
そんな状況のアメリカへ、70年代なかば、妻、子どもたち、そしていとこを連れたテッド・ノイという男が、カンボジアからの難民として、命からがら、そして無一文でやって来ます。このドキュメンタリーで描かれるのは、大きく分けて3つの題材です。1つは、難民のノイがいかにしてドーナツと出会い、自分で店を持ち、カンボジアの同胞を助けて彼らにドーナツ店経営のノウハウを教え、大金持ちのドーナツ王となったのか。その伝記映画的題材。2つは、ノイたちが祖国を捨てざるを得なくなったカンボジアという国の現代史の流れ。最後の3つ目は、ドーナツそのものをめぐるアメリカの現在・過去・未来。
 
もちろん、目玉はノイの伝記的な要素です。いわゆるアメリカン・ドリームを体現したかっこうですが、自分たちを受け入れてくれた牧師さんに感謝しながらも、早く自立したいという一心で、教会の清掃に加えて、ガソリンスタンドで働いている時に、ふっと漂ってきた、ウィンチェルドーナツの店で、初めてドーナツというお菓子の存在を知るんです。食べたら、カンボジアの揚げ菓子にも通じる味わいですっかり魅せられて、その店員さんに早速聞いたんですって。自分のお店を持てるだろうかって。それほどに人生を変える香りだったんですね。ノイはチェーン拡大のために人材を募集していたウィンチェルドーナツの研修を受けて、好きこそものの上手なれとばかりにメキメキ成長、ビシバシ働いて、あれよあれよと1店舗を任されるようになりました。で、同時に、まさかのことですが、倹約に励んで自分の個人店もオープン。家族総出で24時間営業の店を切り盛り。まぁ、そこからの手練手管と一心不乱の努力は映画を御覧いただきたいんですが、彼のすばらしいところは、自分と似た境遇のカンボジア難民たちを今度は自分が身元引受人となって受け入れ、彼らにまたドーナツ店の商売を教え、資本を投下するというチャンスメイクをどんどんしたこと。それにより、カリフォルニアのドーナツ個人経営店の90%がカンボジアアメリカ人で占められるようになったんです。彼のドーナツがまるで浮き輪のようになって、たくさんの命を海を越えてすくい上げた。のですが… その大成功の向こうには影もあるわけで、彼は思わぬところで、ドーナツ王からストンと穴に落っこちてしまうことになるのも皮肉なもの。日本の5年後、10年後も案じたくなるような、お金にまつわるエピソードが用意されています。

f:id:djmasao:20211129161711j:plain

(C)2020 – TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.
カンボジアの内戦、ベトナム戦争の影響、ポル・ポト派の圧政など、これまで断片的にしか知らなかったアジアの話も、ノイの物語として見ることで、とても身近に感じました。パートナーの女性とのロマンティックすぎるラブ・ロマンスはそれだけ抽出しても映画のようでした。
 
さらには、ドーナツをめぐる時代の変化に個人店がどう対応しているのか、チェーン店も手をこまねいているばかりではなく、西海岸に本気で乗り込んできたらどうなるの!? そして、ノイは今どうしてるの?

ゲティ家の身代金(字幕版)

監督は、話をテーマ別、時代別に、教科書的に並べて語るのではなく、以上の3つの要素をうまくブレンドして観客を飽きさせません。テンポは軽快だし、インタビュー、アニメーション、膨大な記録映像をシームレスにまとめるレシピと調理の腕はすごいです。ドーナツ生地のように練られた題材とテーマが大きな輪となり、そこからはアメリカという国のあり方が見渡せる体験。『ゲティ家の身代金』やこれから公開の『ハウス・オブ・グッチ』など、最近特に時代やカルチャーを象徴する実話を監督として描いているリドリー・スコットが製作総指揮している理由がわかるような気がしました。それほどに、カンボジアのドーナツキングは興味深いのです。目を丸くして観て、劇場を出たら、最寄りのドーナツショップ経由でお帰りください。
それにしても、車社会の発展とともに、西海岸の街がどんどん広がっていって、ドライブスルーで朝には通勤がてら、ふたつのドーナツとコーヒーというライフスタイルが定着していく話は、なるほどなと。そして、僕にとっては、そんなアメリカ文化の一端を、子供の頃、ミスドの店内ラジオで感じ取っていました。なんてことを思い出しながら、久々に尾崎豊をオンエアしました。

さ〜て、次回、2021年12月7日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『スパゲティコード・ラブ』となりました。大勢の若者たちの恋模様が複雑に絡み合っていう青春群像劇とな。ドーナツからのスパゲティ。テッド・ノイには思わぬ落とし穴がありましたが、こちらの若者たちは恋をしているつもりで、恋に人間関係に絡み取られていくんでしょうか。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!