京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ドリーム・ホース』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月24日放送分
映画『ドリーム・ホース』短評のDJ'sカット版です。

舞台は、イギリス、ウェールズの谷あいにある小さな村。子育てを終えた40代後半の女性ジャンは、動物好きだが今はすっかり無気力な夫とふたり暮らし。スーパーとビアパブでのアルバイトと両親の介護をする毎日に不満があるわけではないものの、気疲れしている。ある日、バイト先のビアパブで共同馬主の話を聞いた彼女は興味を惹かれ、競走馬を育てることを決意。資金と仲間を集め、産まれた子馬はすくすく育ち、レースへと出場することになります。

ヘレディタリー 継承(字幕版)

監督はBBCなど、テレビをメインに活動していたユーロス・リン。主人公ジャンを演じたのは、『シックス・センス』や『へレディタリー/継承』のトニ・コレットです。
 
僕は先週金曜日の午前中に、シネ・リーブル梅田で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

なんとまぁ、これが実話に基づいたものだっていうんですが、鑑賞後のあの爽やかな気持ちってのは忘れられないです。すがすがしい気分でシネ・リーブル梅田を後にしました。それはなぜかと言えば、この映画が人生のセカンド・チャンスを応援するものであると同時に、誰か悪者を作ることもなく、ジャンという女性が声をかけたみんなが、多少の足並みの乱れはあっても、ひとつの夢を見るというその行為が過不足なくまとめられていたからです。

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まず舞台の村がいいんですよね。はっきり言って、なんの変哲もないです。自然は美しいのだけれど、谷あいということで解放感があるわけでもなく、さびれています。大きめの総合スーパーが近くのおそらく幹線道路沿いにあって、中心部には一通りの専門店もありますが、坂の多いあの地形が象徴するように、なんだか街全体が傾いている感じ。パブにビールを飲みに集まるのは、地元の常連客顔なじみばかりです。典型的な、ヨーロッパの中規模の村ですね。そんな中、主人公のジャンは、規則正しい暮らしをしているわけです。もともと生活はこざっぱりしているから、ある程度仕事をすれば食べていける。近くに住む両親は、足腰にガタが来ているけれどふたりで暮らしているし、パートナーのブライアンも関節炎を患ってしまっているけれど、喧嘩をしているわけでもないです。つまり、みんななんとなく現状維持しているつもりで、徐々に衰退しているわけです。端的に言えば、無気力です。激しく何かに不満を持つこともなく、かといって希望もない。

(C) 2020 DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISIONCORPORATION
冒頭、ジャンの朝のルーティーンを見せるところでは、隣で寝ている夫ブライアンのいびきのとどろきが聞こえます。これが夫婦の倦怠ものであれば、ジャンにうんざりした態度を取らせるところですが、そうはならない。彼女は夫が嫌いにはなっていないんです。自分もそうだけど、さらに覇気をなくしている夫をなんとかしたいと思っているものの、その突破口がないことにまたげんなりきている。そんなスパイラルですよ。そこで馬の話に飛びつくことになるわけですが、この映画の価値観として大事なポイントは、求めているのがお金よりも何よりも、胸の高鳴りであるということです。そして、それを独占するのではなく、仲間と分かち合うこと。ドリーム・アライアンス、つまり夢の同盟と名付けられたあの馬。競走馬を産み育てるのは経費がかかる。それだったら、共同馬主を募ればいい。なんなら、その方が仲間が増えて、同盟は鋼のものになる。やがてドリーム・アライアンスがレースに出て、競馬場の障害コースを走るのが象徴的なように、彼女たちもまた、いくつもの障害を乗り越えていくんです。障害物に足を取られればケガをするかもしれないけれど、それでもスタートを切らないで腐るのはもう嫌だ。これって、結局人生そのものなんですよね。それを、中高年がメインになってやっているところ、自分たちのこれからの人生をデザインし直しているところに結局は僕ら観客が胸を熱くするんです。ブライアンも目に見えてハツラツとして、身だしなみもずいぶん変化します。やっぱり本来は魅力的な夫なんです。妻ジャンが困った時には全力でかばいもするんです。

(C) 2020 DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISIONCORPORATION
美男美女のスターが出る映画じゃないです。でも、人の心の動きを正直かつ丁寧にとらえるカット割り及び演技指導と、馬を魅力的に感じさせるテクニックでゴールまで観客を引っ張ります。超クロースアップから超ロングショットまで、カメラを的確に配置して、馬の息遣いや表情、足の動きなどをテンポの良い編集で見せていくわけですよ。まさに人馬一体と言いたくなるような演出で僕たちをすがすがしい気分にしてくれます。
 
決して派手な映画ではないし、ミニシアターで上映される映画業界のダークホースかもしれませんが、結果としてはものすごく心掴まれる超オススメの作品でした。
 
ウェールズの星たるロックバンド、Manic Street Preachersマニックスのこの曲はテーマに合致しているし、なによりレースをみんなで観に行った帰り道、バスで合唱するのが最高です。


さ〜て、次回2023年1月31日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ノースマン 導かれし復讐者』です。なんか画面が暗めで怖いんですよ。なぜ彼が苦労を押して復讐へと向かうのか。その理由を探りに僕は映画館へと向かうことにします。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!