京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『コヴェナント 約束の救出』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月5日放送分
映画『コヴェナント 約束の救出』短評のDJ'sカット版です。

2018年、アフガニスタンの米軍基地。タリバンの武器庫の場所を突き止める命を帯びたジョン・キンリー曹長は、アーメッドというアフガン人通訳と出会います。言語能力も高く、堅物ではあるが信頼できる男で、冷静に物事が分析でき、戦闘能力もメカニックとしての腕も確かなアーメッド。ジョンは彼を連れて作戦に出向くのですが、部隊はなんと全滅。タリバンの支配地域に取り残されたふたりの数奇な運命と、命をかけた救出の様子を描いた作品です。
 
監督は、ガイ・リッチー。脚本は『キャッシュトラック』のアイヴァン・アトキンソンとマーン・デイヴィス。米軍のジョン・キンリーに扮したのはジェイク・ギレンホール。アーメッドは、イラク出身のダール・サリムが演じました。
 
僕は先週金曜日の昼にTジョイ京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

実話ベースの話が映画になる時って、フィクションでしかありえないようなことが本当に起こったことが契機になる、動機になるように思うんですが、そう頭ではわかっていても、そして映画を観ても、にわかには信じられないような物語でした。ガイ・リッチーは、いわゆる娯楽作の作り方なら手慣れたものだろうし、映画というメディアだからこそ面白くなる時系列のシャッフルみたいな得意技も持っている人ですが、今回はもともとドキュメンタリーを見て感銘を受けて準備をしたということで、出来事そのものがとても興味深く感動的なのだから、語りのテクニックはむしろ極めてシンプルにしてあります。状況も複雑なので、これは賢明な判断と言えるでしょう。いわゆる3幕構成になっていて、メインキャラクターのふたりが出会い、武器庫を探し、叩きに行くのが1幕目。そして、2幕と3幕では、それぞれ立場の変わる救出が行われます。それぞれ、序破急と言っても良いのかもしれません。しかも、ふたりとも立場は違えど米軍に所属しているのに、この救出作戦は個人の判断、そしてそのほとんどを米軍の助けを借りずに行われるんです。それが感動を生みます。目の前に血を流して倒れている仲間がいるのだから、彼が安心して治療を受けられる場所まで運ぶ。文字通り、たとえ火の中水の中という根性で、とにかく運んでいく。

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負傷して自分ではまったく動けないどころか、意識がある時には痛みで顔を歪め、うめき声を上げるのがジョン軍曹です。いろいろあって孤立無援。救助要請もできない中、通訳のアーメッドのすごいのが、迷いがまったくないこと。俺は彼を米軍基地まで連れて行くんだ。って言ったって、100キロ離れているんです。タリバンがウロウロしているし、ふたりは捜索対象なので彼らに血眼になって行方を追っているわけだから、たとえ車があったとしても、安易には使えません。そして、実際に、ありません。舗装された道路なんて、飛んで火に入る夏の虫状態だから通れません。しょうがないから、山道を行くんだけど、僕も山歩きをするからわかりますけど、平坦なところを100キロ進むのと山道とではまったくもって違う話なんですよ。それ、どうすんの? その方法と苦労と歯を文字通り食いしばる姿が2幕目の見どころになります。

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そして、3幕目は、ジョンによる通訳アーメッドの救出劇。ジョンを救い英雄となったがために、アフガニスタンで生きていくのがより難しくなってしまい、妻と幼子を連れて潜伏生活を送っているというアーメッドを、当初の約束通り、彼らの望み通り、アメリカへと連れてくるというジョンの単独行動です。はっきり言って、2幕目まででも映画としては見応え充分だし、話を少し広げたりしながら十分に成立させられるはずですが、アーメッドの捨て身の行動に、こちらも捨て身で報いたいというのがジョンなんです。そして、この3幕目で初めて、ガイ・リッチーの得意な時間の入れ替えが行われます。といっても、シンプルなフラッシュバックですけどね。ジョンは怪我で意識をほぼ失った状態だったから、2幕の救出の様子を断片的にしか見ていないし、記憶がほとんどない。それが夜、悪夢のような形を取って、PTSDの症状のひとつだと思いますが、蘇ってくる。僕たち観客もそれを追体験することで、アメリカにいないアーメッドの偉業と、彼があるから自分が今こうして生きているんだというジョンの実感、そして彼の責任感に物語的説得力が生まれるんです。ガイ・リッチーはなんとも手堅いし、このあたりは本当に巧いです。これだけ内容を話ていても、観たら絶対にドキドキするし、そもそも特にアメリカでは世間にある程度知られた話なんで、ネタバレなんて当たり前にある状態でも食い入るように観てもらえないとダメな映画なんです。それをやってのけたところに、僕はガイ・リッチーの高い実力を見ました。

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そのうえで、きっとこれこそが本当に伝えたかったのだろう、911に端を発した20年にわたる米軍のアフガニスタンにおける作戦の虚しさや犠牲の数々、特にアフガン人通訳にはビザを発給すると言っておいてその約束を十全に果たしていないアメリカへの憤りがありありと観客にはわかります。covenantというのは、約束や合意、協定、誓いといったような意味ですが、ジョンとアーメッドのような絆に発展する個人的なものがある一方で、あっさりと無惨にも反故にされてしまう国家的なものもあるってことですよ。アーメッドを演じたダール・サリムは喋っていない時も、喋ろうとしてためらった時の表情もすばらしかったし、他の役者も一様に高いレベルでした。アフガニスタンでは当然ロケができませんから、スペインの似たような地形を活かしたという、言わばマカロニ・ウエスタン方式の撮影もお見事。大国が武力を行使して紛争を解決しようとする行為の難しさと虚しさ。観ておくべき作品ですよ。
映画が始まってすぐに鳴り響くのが、Americaの『名前のない馬』。砂漠が舞台だし、軍人たちや現地の人々を示唆しているように感じました。そして、考えたら、ガイ・リッチーはイギリスの人ですが、アメリカというバンドもロンドンで結成されたんですよね。しかも、メンバーの父親は皆、イギリスに駐留していたアメリカの軍人だったとか。ピタリな選曲でしたよ。

さ〜て、次回2024年3月12日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『52ヘルツのクジラたち』。ベストセラー小説の映画化ですね。杉咲花がすばらしいという話を聞き及んでおります。楽しみ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!