京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『孤狼の血 LEVEL2』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月7日放送分
『孤狼の血 LEVEL2』短評のDJ'sカット版です。

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広島のとある街に、伝説のマル暴刑事がいました。3年前、1988年、暴力団の抗争に巻き込まれてついに殺害されたその男、大上に薫陶を受け、今は広島の裏社会のバランスを自分が取っているという自負のあるのが、日岡刑事。そんな彼の前に立ちはだかるのが、これも3年前に亡くなったヤクザ組織五十子(いらこ)会会長の腹心、上林。日岡と上林は、秩序が崩壊していく中で、やがて出会うべくして出会うことになります。

孤狼の血 孤狼の血 「孤狼の血」シリーズ (角川文庫)

 柚月裕子の原作を映画化して好評を博した前作に続き、今回はオリジナル脚本で白石和彌監督が再びメガホンを取った続編です。コロナ禍で撮影され、ヤクザ映画の伝統ある東映肝いりのシリーズ化。集った役者陣も豪華です。日岡刑事の松坂桃李、上林を鈴木亮平が演じる他、滝藤賢一吉田鋼太郎寺島進、かたせ梨乃、村上虹郎音尾琢真中村獅童なども続々登場します。

 
僕は3月の末に、大阪での最初のマスコミ試写で鑑賞しました。関係者の数も多かったですし、その時には監督や鈴木亮平さんも登壇されたとあって、忘れがたい機会となりましたし、それほどに力の入った作品であることも実感しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

実は柚月裕子の原作にも『狂犬の眼』という続編があって、今回はそこへの橋渡し的なオリジナル脚本となっているんですが、前作の圧倒的主役は、なんといってもガミさん、役所広司演じる大上刑事でした。で、今回はその後釜に据えられたエリート刑事、日岡が主役となるわけですね。演じている松坂桃李が、まぁすごいです。彼がこの3年の間に出てきた映画は片手では足りないくらいで、たとえば『いのちの停車場』における、ちょっとドジな好青年のことを思い浮かべると、冒頭からのたたずまいに度肝を抜かれます。だって、しっかりヤクザものたちと渡り合って、独自のネットワークを形成しているんですから。でも、迫力を兼ね備えただけではなく、相対するキャラクターによっては、純朴な一面も残していて、これはもう松坂桃李の演技の幅を味わうだけでも、しっかり面白いってことなのに、ことはそう単純なわけもなく、LEVEL2のヒール、いや、もう主役を食う勢いで登場する怪物が登場します。それが、鈴木亮平が扮する悪の権化のような上林です。もう、その怖さときたら… 僕はマスコミ試写で鈴木亮平さんが登壇された際、かなり前の方に座っていた席を移動したくなったほどです。でも、移動しようにも足がすくむ。それほどの悪の化け物になっていました。

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(c)2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会
残酷的な描写は、今回もしっかりあります。2021年の日本のメジャー大作でどこまで振り切れるのかと挑みかかるような、思わず目を背けたくなるシーンがいくつもありました。中でも印象的なのは、それぞれのキャラクターが光らせる眼ですね。僕たち観客は劇場という安全圏から映画をノホホンと観ているわけですが、この物語の中で、上林は執拗なまでに目にこだわってメンチ切ってきはります。邪な眼と書いて邪眼という言葉、考え方もありますが、「観る」という行為そのものにも考えが及ぶほど、映画を観ていて強烈な目に遭いました。しかも、そこに彼をモンスターにした要因がある。暴力団に身をやつしてしまう原因の多くは、貧困や不遇な家庭環境にあると昔から指摘されますが、戦争と原爆から連綿と続く負の連鎖が、個人と社会をこうして蝕んでいるのだと、不意に大局的な視点を放り込んできたのにはすごいとうならされました。
 
日岡vs上林。物語の大きな流れとしては、このふたりの文字通りの死闘がメインになる一方、これは警察と複数の暴力団組織がくんずほぐれつで絡みながら覇権争いを繰り広げる群像劇なわけで、LEVEL2でも強い印象を残す面々多数です。在日朝鮮人として、日本と半島の狭間、さらには社会の表と裏の狭間で、おどおどと身悶えていた村上虹郎演じるチンタ。前作からその不憫さもLEVEL2に達していた音尾琢真演じる吉田滋。音尾さんはますます白石作品に欠かせない存在になっています。そして、中村梅雀演じる元公安刑事の瀬島。この人は日岡の相棒として、なんなら足手まといになるだろう定年前のおじさんかと思いきや、彼の一世一代の行動に打ちのめされましたね。

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(c)2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会
とまぁ、ひとりひとり語りたくなるのは、役者たちだけでなく、今作でも徹底的な美術を作り上げた今村力、闇や雨を見事に捉えた撮影の加藤航平、そしてこのコロナ禍における厳しい状況での撮影を、つとめて落ちついてさばくだけでなく、日本映画界のパワハラの問題などに配慮しながら現場を取り仕切った白石和彌監督みんなの総合力を感じるエンターテイメントでした。
 
組織の恐ろしさと、それを突破しようとする個人。さらにそこに覆いかぶさる組織を描いていましたが、この映画こそ、日本映画の組織力を尊びたくなるものです。これは続編もあるでしょう。さらなるネクスト・レベルを気長に期待して待つことにします。

アイナ・ジ・エンドがこの映画にインスパイアされて作詞作曲して、亀田誠治がプロデュースした『ロマンスの血』をオンエアしました。

さ〜て、次回、2021年9月14日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ファーザー』となりました。まだ緊急事態宣言下ということで配信作も候補作に入れていたわけですが、先行配信されているじゃないかと、喜々として放り込んだのがこの作品でした。アカデミー賞のおさらいもできるし、人類共通の課題である認知症を映画表現にどう落とし込むのか、かなり実験的で画期的だという評判も聞いています。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!