京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『私たちの声』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月12日放送分
映画『私たちの声』短評のDJ'sカット版です。

アメリカ、イタリア、インド、日本。映画業界で活躍する女性たちが短編を持ち寄り、作品を通じて女性を勇気づけることを狙った国際オムニバス映画です。全部で7つ。ドキュメンタリーテイストからファンタジックなもの、アニメーションまで、多様なエピソードが楽しめます。
 
企画したのは、非営利の映画製作会社「We Do It Together (WDIT)」です。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』や『ドリーム』の演技で知られるタラジ・P・ヘンソンが初めてメガホンを取った他、監督には、日本から呉美保、イタリアから『はじまりは5つ星ホテルから』のマリア・ソーレ・トニャッツィなど。そして、キャストは、ジェニファー・ハドソン、杏、マルゲリータ・ブイなど。さらには、長年の映画音楽への貢献で、今年のアカデミー賞で名誉賞を受賞したダイアン・ウォーレンが主題歌を書き下ろしました。みんな女性ですね。

(C)2022 ILBE SpA. All Rights Reserved.
僕は先週木曜日に大阪ステーションシティシネマで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

これは、それぞれ独立したエピソードで構成されているものなので、本当はひとつひとつ話したいところですが、ダイジェスト的にいくつかピックアップしつつ、企画全体にも言及していきます。

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まずは、日本から参加した呉美保監督と杏さんの『私の一週間』でしょう。ふたりの子供を育てているシングルマザーの暮らしぶりと、そこに舞い降りるちょっと素敵なできごと。杏演じる母親は、女性たちで運営するお惣菜屋さんで働きながら、そう広くないアパートに住んでいて、上のお姉ちゃんは小学生。下の弟は保育園児という家族構成です。朝起きてから夜寝るまでの1日の流れは、ものすごく慌ただしいんですね。お母さんには時間がない。でも、子供たちは小さくてまだ家事の手伝いを当てにもできない感じ。それでも、日々のルーティンはあるので、それに則ってうまくやっているように一度見せておいて、それが些細な予定外でいかに脆くも崩れ去るかというところを、絶妙な編集テンポで見せていきます。お母さんは美人だけれど、化粧をする暇もほとんどなく、眉間に皺がよっていることも多い。その表情がふと明るくなる日の様子というのは、オムニバス映画全体の中でも最もオアシスのように心潤うもので、このエピソードが7つのエピソードの折返しに配置されているのも良いなと思いました。呉美保監督、さすがです。

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続いて、1本目。ジェニファー・ハドソンが主演した『ペプシとキム』。これは実話がベースになっています。幼い頃から過酷な環境で育ち、大人になってからはドラッグに依存してしまい、今は刑務所にいるキムという黒人女性。彼女はその壮絶な半生の中で精神疾患を持つようになっています。収監されている他の仲間からの勧めもあってドラッグからの更生プログラムに参加していくんですが、キムの中のもうひとりの人格と対話する様子をどう見せるか、表現としてはそこにとても興味深いものがあって、単なるドキュメンタリー的な再現を越えたものになる要因だったと思います。キムさんがその後、アメリカCNNが選ぶ社会のヒーローとなるそのきっかけを知ることができたのは収穫でした。

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もうひとつ簡単に触れておきたいのは、インドを舞台とした『シェアライド』です。美容整形外科医として、自分は進歩的な考え方を持っていると考えている女性が、ある雨の夜にトゥクトゥクみたいな乗り物のシェアタクシーでトランスジェンダー女性と一緒になるんですが、どうも主人公はその姿に不快感を覚えて、目的地に着く前にタクシーを下りてしまうんです。そこから自分の偏見を認識して、克服していく話なんですが、インドの活気が伝わってきて、全体の中でも一番色彩が豊かでファンタジックでもあるのが良かったです。

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といった調子で、計7本を束ねた、邦題『私たちの声』ですが、このタイトルは、企画全体の趣旨を説明したものと言えます。LAに拠点を置くイタリア人プロデューサーが設立した非営利の映画製作会社「We Do It Together」は、男社会としての映画業界が繰り返し描いてきた女性像は本来のイメージよりもずっと狭いし浅いと違和感を持っていて、もっと女性による女性の物語が必要だと訴えています。サポーターには、ジェシカ・チャステインジョディ・フォスターペネロペ・クルス、イタリアのマルゲリータ・ブイなど、80名以上が名前を連ねていて、これがその最初の取組みなんですね。良い企画なんですが、正直、まだブラッシュアップの余地はあると思います。これは7本がてんでバラバラなので、その多様性をゆるやかに束ねるようなナレーションとかエピローグを用意するというのもありかなとは思いました。今作はさすがに全体としてみた時にそっけないんですよ。でも、これはあくまでスタートだと思うので、テーマを絞ったり、世代でまとめたり、いくらでもやりようはあるだろう、今後のWe Do It Togetherの取り組みの第一歩に立ち会えたことは喜びでした。男性の僕としても、今後の展開を楽しみにしたくなる作品でしたよ。
さ〜て、次回2023年9月19日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引こうかと思ったんですが、あれ? お賽銭箱とおみくじが見当たらない……。実は、僕は明日からイタリア里帰りにつき、まず19日は尾上さとこさんに番組を代演いただくため、お休みです。そして、26日(火)の放送は僕が担当するものの、帰国してから映画を観に行って評の準備をする時間が取れそうにないため、番外編として、僕のイタリアでの映画土産話にさせてください。なので、次回短評する作品は、26日(火)の放送中におみくじを引きます!